結論、そのストレス、あなただけではありません

「管理人室の窓の前を通るとき、なんだか見られている気がする」

「外出のたびに、視線が気になって落ち着かない」

マンション住まいのあるあるです。

先に結論をお伝えします。

管理人は、住民のみなさんを監視してはいないです。

どちらかというと、ぼんやり目に入ってくる。

「あ〜、お出かけか〜、あ〜帰ってきた」

そんな程度です。

とはいえ、出入りの時にいちいち、人の視線を感じるのは嫌ですよね。

だから、そのストレスを「気のせいです」の一言で片付けるつもりはありません。

むしろ、その感覚、よくわかります。

管理人から言わせてもらえれば、逆にこちらも住民の視線を感じているからです。

しかも、ランダムに毎日毎時、たくさんの住民の方の視線を浴びます、言い方が悪いですが、檻の中の動物園状態です

それだけのことなのです

でも、神経質な方ほど、その「それだけ」がしんどく感じられるものだと思います。

本記事では、管理人室の窓の中で実際に何が起きているのか、できるだけ具体的にお話しします。

読み終わるころには、その視線への感じ方が、少し軽くなります。

管理人室の前を通る住民は、実はこんなに反応が違います

長く管理人をしていると、窓の前を通る住民のみなさんの反応が、本当に人それぞれだとわかります。

必ず挨拶をしてくれる人。

顔を見ないように、サーッと逃げるように通り過ぎる人。

スマホの画面に集中して、こちらの窓など視界に入っていない体で歩く人。

親子で話しながら、なるべく管理人室の方向を見ないように出ていく人。

超高齢の方の中には、そもそも管理人室の存在自体を、あまり意識していない方もいます。

子供たちもそうです。

きちんと会釈をしてくれる子もいれば、まったく気にせず駆け抜けていく子もいます。

同じ窓、同じ管理人なのに、これだけ反応が分かれる。

このことから、まず伝えたいのは、視線への感じ方は、人によって、本当にばらばらだということです。

あなたの感じ方だけが、特別に過敏なわけではありません。

挨拶する人・しない人、実はそれぞれに理由があります

もう少し踏み込んでお話しします。

挨拶をしてくれる方の職業は、医師の方もいれば、無職の高齢者の方も、子育て中のママもいます。

年齢も性別も、本当にばらばらです。

ここで面白いのは、普段は挨拶をしてくれる方でも、管理人室の窓越しでは、あえて挨拶をしない方がいることです。

これは、こちらを避けているのではないと、わたしは感じています。

むしろ、管理人であるわたしが、他の住民の視線を浴びて、気まずい思いをしないように、という気遣いなのだろうと思うのです。

反対に、挨拶をしない方の中にも、いろいろな理由があります。

もともとシャイで、人と目を合わせるのが苦手な方。

横柄な態度で、目も合わせない方。

管理人という仕事に対して、どこか見下したような態度を取る方も、正直、いないわけではありません。

挨拶をする、しない。

その一つの行動の裏に、まったく違う理由が隠れています。

そしてこれは、その日の天気や、その人のその日の気分でも変わります。

昨日は挨拶してくれた人が、今日は目も合わせない。

それも、よくあることです。

実は管理人自身も、窓の中から住民の視線を感じています

ここまで、住民のみなさんの話をしてきました。

でも、正直にお伝えすると、わたしも四六時中モニターのように、みなさんの出入りを見ているわけではありません。

事務作業をしていたり、書類に目を通していたり、窓の外どころではない時間のほうが、実はずっと多いのです。

先日、こんなことがありました。

入れ歯の具合が少し悪くて、管理人室の中で、そっと外していたときのことです。

いつも欠かさず挨拶をしてくれる住民の方が、ちょうどそのタイミングで、窓の前を通りかかりました。

こちらに気づいて、いつものように会釈をしてくれたのですが、わたしは直前まで、まったく気づいていませんでした。

入れ歯に手をかけたままの姿を、そのまま見られてしまったのです。

一瞬、頭が真っ白になりました。

恥ずかしさで、何と返したらいいのかわからず、曖昧に頭を下げるのが精一杯でした。

もしかしたら、あの方は、笑っていたのかもしれません。

でも不思議なことに、その恥ずかしさの中で、ふと気づいたことがあります。

「見ている側」だと思われがちな管理人も、実は「見られる側」なのだということです。

窓のこちら側にいるわたしも、窓の向こうを歩くみなさんと同じように、日々ちょっとした失敗をして、ちょっとした視線に、ドキッとしながら暮らしています。

実は管理人も、視線を感じさせないための工夫をしています

こちらも、住民のみなさんの様子を見ながら、日々ちょっとした工夫をしています。

窓越しの視線を苦手にしていそうな方が通りかかるときは、あえて流し場で洗い物をするふりをして、後ろを向いたまま、通り過ぎるのを待つことがあります。

わざとらしく思われるかもしれません。

でも、こちらとしては、それが一番、自然にやり過ごせる方法だと思っています。

反対に、いつも欠かさず挨拶をしてくれる方に対しても、実は少し気を遣っています。

毎回、毎回、窓際で顔を合わせて挨拶を交わすというのは、律儀な方ほど、ふとした瞬間に、負担になっていないだろうか、と思うことがあるからです。

そういうときは、書類に目を落として、事務作業に没頭しているふりをしたり、本社と電話でやり取りしているような演技をしたりして、あえて視線を外すこともあります。

窓のこちら側でも、こんなふうに、見えない気遣いのやり取りが、毎日ちょっとずつ行われているのです。

それでも気になる人へ、無理のない距離の取り方

ここまで読んでいただいても、それでも視線が気になる、という方もいると思います。

その気持ちは、無理に消さなくていいと思います。

挨拶をすれば解決する、という単純な話ではありません。

その日の気分や、天気で、気になり方が変わっても構いません。

もし何か試すとしたら、こんな小さな選択肢があります。

窓と目が合いにくい時間帯を選んで、外出のタイミングを少しずらしてみること。

動線を、窓の正面ではなく、少し外れたところに変えてみること。

それでも気になるようであれば、管理人に直接、窓のことが少し気になる、と伝えていただいても構いません。

こちらとしても、それを聞けたほうが、配慮のしようがあります。

無理をして、平気なふりをする必要はありません。

まとめ、窓の向こうにいるのは監視者じゃなく、同じように揺れている人間です

管理人室の窓は、住民のみなさんを監視するための窓ではありません。

でも、見える位置にいることは、事実です。

そして、その窓のこちら側にいるわたしも、入れ歯を外していたところを見られて恥ずかしい思いをしたり、住民のみなさんの気持ちを想像しながら、洗い物のふりをして後ろを向いたりしている、ただの人間です。

見る、見られる。

その関係は、思っているよりも、ずっとお互い様なのだと思います。

もし次に、管理人室の窓の前を通るとき、少しだけ気持ちが軽くなっていたら、うれしいです。